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女教師美穂 ~淫虐の罠~

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第一章 罠に落ちた女教師

1.女教師


 朝の職員室はいつものように慌しい喧騒に包まれていた。妙に落ち着かない雰囲気は大

抵、一時間目の授業が始まるまで続く。

 美穂は自分の席に着くと、長めの艶やかな髪を後で束ね、ヘアバンドで留めた。それは

美穂にとってはひとつの儀式のようなものだった。髪を纏めることによって気分が一新さ

れ、教師としての自分の一日が始まるのだ。

「よし!」

 誰にも聞こえない小さな声で気合を入れ、授業の資料に目を通す美穂に、隣りの席の橡

葉行弘(くぬぎばゆきひろ)が声を掛けてきた。

「那村先生、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう」

 美穂は机の上の資料から顔を上げて橡葉を見た。そして、

(相変わらずちょっと不気味な人だ……)

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 と思った。

 橡葉は三十二歳、美穂と同じ社会科を担当している男性教師なのだが、体全体がどす黒

いオーラで包まれているのではないかと錯覚してしまうほど暗い男だった。

 良く見ると二枚目とは言えないまでも結構渋い顔立ちをしていて悪くない容貌なのだが、

いかんせん死んだ魚のような輝きの無い目が、その表情をどこまでも暗く見せている。一

見すると、とても教師のようには見えない風貌だ。

 最初のうち、美穂はこの男が怖くて仕方なかった。出来ることなら、なるべくそばには

近寄りたくないと思っていた。

 だが橡葉は、美穂を狙って露骨に話し掛けて来る他の若い教師達と違い、自分から美穂

に声を掛けることは無かった。むしろ暗に美穂を避けているような節があり、美穂は一時、

逆に自分の方が嫌われているのだろうかと思ったりもした。

 不思議なもので橡葉が自分に害を及ぼさないことが分かると、しだいにその不気味さも

さほど気にならなくなった。

 そして、美穂の方から恐る恐る学校について分からないことを二、三尋ねてみると、橡

葉は以外にも親切に説明してくれた。無視されたり、つっけんどんな態度をとられること

は一度も無く、かえって八つ年下の新米教師に対するとは思えないほど丁寧な橡葉の対応

に、いつも美穂はやたらに恐縮してしまうのだった。

(なんだ、すごくいい人じゃない。やっぱり人を見かけで判断しちゃ駄目ね)

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 美穂は橡葉の外見に訳も無く怯えていた自分を反省し、考えを改めた。

 今現在、美穂にとって橡葉は、少なくとも他の若い男性教師達よりもはるかに信頼する

ことのできる存在である。

 そんな訳で美穂は、珍しく自分の方から声を掛けてきた橡葉に少なからず驚いていた。

「実は折り入って相談があるんですが、ちょっとここでは……」

 橡葉は暗く虚ろな瞳を周囲に巡らせる。朝の職員室は妙に慌しく、確かに何か重要な相

談するには適当な場所では無かった。

 美穂は右手の腕時計を確認した。朝のホームルームの時間までまだ二十分ほどある。

「そうですね、じゃあ会議室で……」

 美穂は立ち上がると職員室の奥、校長室とは反対側にある会議室に橡葉を誘った。他の

男性教師だったら、まず美穂の方から二人きりになるような状況を作ることは無かったろ

う。それは美穂の橡葉に対する信頼の証と言っても良かった。

 会議室のドアを開けたとき、美穂は数学教師の戸田がいまいましそうにこちらを凝視し

ているのに気が付いた。

 戸田は頻繁に美穂を誘おうと声を掛けてくる男の一人だった。最近、ことに親しく話を

するようになった美穂と橡葉の関係に気を揉んでいるらしい。橡葉とは単に同じ社会科の

教師として授業の進め方についてアドバイスしてもらっているだけで、邪推もいいところ

だったが、わざわざ訂正するのもバカバカしいのでそのまま誤解させておくことにしてい

た。

 美穂はことさら冷たく戸田の視線を外すと橡葉とともに会議室に入って行った。

「那村先生に見て頂きたい物があるんですが……」

 会議室の机に向かい合って座ると、さっそく橡葉が切り出した。

 美穂は橡葉がなんだか妙にそわそわしているように見えて、おや、と思った。こんな橡

葉を見るのは初めてのことだった。

「なんですか? いったい」

「実は、これなんですが……」

 橡葉はA4サイズの封筒を取り出した。美穂は橡葉がそんな物を手に持っていたことに、

今までまったく気が付かなかった。橡葉は封筒の口を開けると、中に手を突っ込む。美穂

は興味をひかれ、身を乗り出すと橡葉の手元を見つめた。

 橡葉が封筒から半分ほど中身を取り出した時、何の前触れも無くドアが勢い良く開けら

れた。

 橡葉は驚くほど素早く中身を封筒の中に戻した。その動作は普段の橡葉からは想像でき

ないほどのスピードだった。

「那村先生、校長先生がお呼びですよ」

 戸田が入口の向こうから上半身を突き出して言った。

「ちょ、ちょっと、戸田先生! 失礼じゃないですか、ノックもしないで!」

 美穂は抗議の声を上げた。妙に嬉しそうにしている戸田の態度が癪に障った。おおかた

美穂達の邪魔が出来て良かったと思っているのだろう。

「あ、いや、すいません」

 戸田は思いがけず美穂に厳しい言葉をぶつけられ、ひどく狼狽した様子だった。

 怒りの収まらない美穂が尚も何か言おうとするのを橡葉が制し、

「いえ、まあ、わたしの方は急ぐ話では無いですから」

 穏やかな、というより暗い、抑揚の無い声で言った。

「そうですか……それじゃあ、また後で」

 美穂は橡葉の言葉に、怒りの矛先を納めて立ち上がった。うろたえる戸田を無視して、

さっさと会議室を後にした。

 橡葉は美穂に続いて会議室から出ると、校長室に向かう美穂のすらりとした後姿をじっ

と見つめた。

 その目に暗い欲望の光を湛えながら………

 

 三時間目の授業を終え、美穂が職員室に戻ってくると、ちょうど橡葉が入れ違いに四時

間目の授業へ出ていくところだった。朝、話を聞き損なってからなかなか話すチャンスが

出来ない。

 橡葉は美穂に気が付くと、

「ああ、那村先生、さっきの話なんですけど、お昼休みに時間とれませんか?」

 教科書と参考資料の束を抱え、立ち上がりながら言った。

「え?……ええ、構いませんけど」

「それじゃあ……」

 橡葉はそこで少し考えると、

「…図書室にしましょうか……あそこにある閲覧室がいい」

「あ、はい、分かりました、お昼休みに図書室ですね」

 美穂は自分の机の上に教科書類を置くと、にっこり笑って答える。

「それじゃ、お昼休みに……」

 橡葉はそう言い残して職員室を出て行った。

 美穂は橡葉を見送ると椅子に腰を下ろし、

「ふうっ」

 小さく息を吐いた。

(さて、この前の小テストの採点でもしようかな。)

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 美穂は教科書をしまうと机の引出しからテスト用紙の束を取り出した。今日の四時間目

は担当する授業が無く、空き時間になる。

 赤ペンのキャップを外したところで、美穂の目が橡葉の机にポツンと置かれた封筒を捉

えた。

(あらっ?)

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 美穂は見覚えのあるその封筒に興味をそそられた。

(あの封筒だわ)

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 それは朝、橡葉が美穂に見せようとしていた封筒だった。封筒は口が開いていて、少し

中身が外に出かけていた。どうやら写真のように見える。

 美穂は封筒の中身にひどく興味を惹かれた。

(何なのかしら……橡葉先生がわたしに見せようとした物って)

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 封筒の中を見たいという誘惑に駆られ、美穂の手はペンを持ったまま止まってしまって

いた。

(どうしよう……見てみたい、見てみたいけど……でも、やっぱり勝手に見ちゃまずいわ

よね)

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 美穂は無理やり視線をテスト用紙に戻して採点を始める……が、すぐに手が止まってし

まった。

(だけど、もともと橡葉先生がわたしに見せようとした物なんだから……別に今、わたし

が見ても構わないんじゃないかしら)

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 美穂はしばらくどうしようか躊躇っていたが、

(いいわよね、少し早く見るだけなら……)

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 やがては誘惑に負け、辺りを窺いながらそっと封筒に手を伸ばした。

 はみ出しかけていた中身を取り出してみる。やはり数枚の写真だった。

 美穂はその写真に写っている物を見ると、

「う、嘘っ!」 

 思わず声を上げてしまった。四時間目の授業が始まり、閑散としていた職員室にその声

は殊の外良く響いた。

 職員室にいた教師が一斉に美穂の方を見た。美穂は周りの訝しげな視線に気付き、慌て

て立ち上がると、

「あ…す、すいません、何でもないです」

 内心の動揺を隠して言った。

 ほとんどの教師は美穂の言葉を聞くと、一応納得したのか再び仕事に戻った。しかし、

美穂にとって運の悪いことに戸田が職員室に残っていた。

 戸田はゆっくりと美穂の方に近付いてきた。美穂は急いで写真を封筒に戻すと、引出し

を開けて封筒を素早く引出しの中に放り込んだ。

「那村先生、どうしたんですか?」

 戸田は今朝のことなど忘れてしまったかのように気安く声を掛けてきた。

「い、いえ…なんでもありません」

「でも、なんか凄い汗ですよ」

 言われてはじめて、美穂は自分が全身に汗をかいていることに気付いた。間違いなくあ

の写真のせいだった。

(まさか、あんな物がまだ残っていたなんて……)

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 美穂は取り出したハンカチで額の汗を拭いながら、

「ホントに……何でもないんです。もう、平気ですから」

「いや、しかし……体の具合でも悪いんじゃないですか?」

 戸田は恐らく親切心から言っているのだろうが、美穂には正直、有難迷惑だった。それ

より一刻も早く、もう一度あの写真の内容を確認したかった。それが本当にあの時の写真

なのかどうか……

「いえ、大丈夫ですから、ご心配かけて申し訳ありませんでした」

 美穂はきっぱりと言いきって、テストの答案に向かった。

 戸田はなおも美穂を心配そうに見つめていたが、やがて渋々といった感じで自分の席に

戻って行った。戸田が席に着くのを確認すると、美穂はそっと引出しを開け、中からさっ

きの封筒を取り出した。

(ここで開けるのは危険だわ。人目もあるし……)

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 写真は人に見せられる類のものでは無い。迂闊に封筒から取り出して、誰かに見られで

もしたら大変だ。

 美穂は参考書とノートを取り出し、その間に封筒を挟んで隠すと急いで立ち上がった。

そして、

「すみませんが、ちょっと調べ物があるので、図書室に行って来ます」

 近くにいた教師に言付けると、参考書とノートを抱えて足早に職員室を後にした。


 

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