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女教師美穂 ~淫虐の罠~

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8.告白



 橡葉はジーパンにブルーのシャツという学校では絶対にお目にかかれない出で立ちで、

部屋の入口に佇んでいた。捲くり上げた左腕の袖からは包帯が覗いている。

 美穂は知っていた。その左腕の傷が、あの日、美穂を荒れ狂う濁流の中から救い出した

時のものだということを……もし、あの日、橡葉が偶然に溺れている美穂を発見してくれ

なかったら、そして命がけで河へと飛び込んでくれなかったら、自分の命は無かったであ

ろうことを……

「橡葉先生……」

 美穂はほんの少し胸を高鳴らせながらその名を口にした。

 橡葉はドアを閉めると、ゆっくりとした足取りでベッドへと歩いて来る。

 優紀と良介は少し狼狽えたような表情をしていた。多分、三人だけの秘密…他人には決

して知られてはならない秘密を知られてしまったと思ったのだろう。

「大方の予想はついていたが、やはり……」

 橡葉はそう言うと、優紀や良介とはベッドを挟んで反対の、窓側へと回り込んだ。そし

て、開け放たれた窓に腰を下ろすように寄りかかると、

「…だが、一番罪が重いのはわたしだ」

 暗く沈んだ声でそう言った。

 優紀と良介は訳が分からないといった表情で橡葉を見返した。そして美穂は、

(言う気なんだ…きっと、すべてを告白するつもりなんだ)

 心の中で呟きながら橡葉の様子を静かに見守った。

 しばしの沈黙……

 しんと静まり返った病室の中に、窓の外から飛び込んでくる鳥の声がやけに大きく響き

渡った。橡葉は静かに口を開く。

「那村先生が良介と間違いを犯してしまったのは、その前にわたしが彼女を…彼女の体を

昂ぶらせるようなことをしていたからだ」

「体を…昂ぶらせる……って、エッチなことしてたって意味?」

 優紀の言葉に橡葉はこくりと頷いた。

「…そうだな、理性を奪い取ってしまっていた……と言ってもいい」

「でもそれは……ちょっと驚いたけど、先生達がその…そういう関係だったってことなん

でしょ?」

「違う…」

 橡葉は、今度はゆるゆると首を振ると、

「合意の上ではないんだ。僕…いや、わたしが彼女の弱みを握って、脅してやっていたこ

となんだ」

「嘘…嘘でしょ、先生」

 優紀は悲鳴にも似た驚きの声を上げた。

「本当のことだ。わたしは那村先生を脅迫し、関係を強要していた」

「……」

 橡葉の衝撃的な告白に優紀は言葉を失ってしまった。良介も驚きのあまり、声を上げる

どころか身動きひとつできないでいた。

 部屋の中に重苦しい沈黙が降りてくる。

「でも…」

 美穂は静かに口を開いた。

「あなたはわたしを助けてくれた。増水した河の中から命がけでわたしを助け出してくれ

たわ」

 美穂の声は澄んだ鈴の音のように響き、部屋の中に充満した重い空気を解かしていく。

「だが、それで僕の罪が消えたわけではない。僕は……」

 橡葉は顔を歪めながら言葉を吐き出した。

「僕は多分、狂っている。誰かを好きになって…その人への思いが深くなればなるほど、

どうしようもなくその人をいたぶってみたくなる」

 橡葉の口調は淡々としていた。が、その両手がきつく握り締められていることに美穂は

気付いた。

 告白は続く……

「なぜなのかは分からない。子供の頃の…破滅的な家庭環境が原因なのか、それとも、思

春期にいじめに遭ったことが原因しているのか……ただ、気付くと異常な性欲に取り憑か

れている自分がいた」

 美穂はなんだか胸が痛くなった。静かに語られる言葉の端々に、少年時代の橡葉が負っ

た傷の深さが垣間見えるような気がしたのだ。

「異常だと…思う。だが、自分でもコントロールできないんだ。いざその時になると…ま

るで別の人間になってしまったように……どうしても止められない」

 一瞬、橡葉の表情が苦痛に歪んだ。

 そして美穂は理解した。不可解な橡葉の行動の理由を……

 彼は…橡葉は懸命に戦っていたのだ。自分の中にある尋常ではない欲望と……だからこ

そ、美穂に対して時に優しかったり、冷酷だったりしたのだろう。欲望に支配された自分

と、それを押し止めようとする自分の間で、橡葉の心は激しく揺れ動いていたのだ。

(きっと……)

 美穂はあの雨の校舎での橡葉の態度を思い返す。

 橡葉はあの時、自分の特殊な性癖について告白しようとしていたのではないだろうか。

そうすることによって、自分の中に巣食う欲望を断ち切ろうとしていたのではないか。

 単なる憶測でしかない。が、美穂はそれを確信した。

 次の日……脅迫の元となった写真を美穂に手渡した時のあの安堵の表情からも、橡葉が

必死に自分自身と格闘していたことが分かる。

「付き合った人は誰もが……」

 橡葉の言葉が、美穂の思考を中断させた。

「……僕の本性を知ると、みんな逃げるようにして去って行った。ある人は軽蔑の視線を

僕に投げつけながら……ある人は僕を口汚く罵りながら……いや、でもそれが普通なんだ

ろうな、きっと……」

 喋り続ける橡葉の瞳には痛々しいほどの悲しみが宿っていた。美穂はその目を見た途端、

ぎゅっと胸が締め付けられるのを感じた。思わず言葉が口を突いて溢れ出す。

「でも、そういう愛し方があったっていいと思います」

 橡葉は美穂の思いがけない言葉に驚きの表情を浮かべた。いや、それは単なる「驚き」

の表情ではなかった。喜びや悲しさや…いろんな感情が入り混じった複雑な表情だった。

(まだ……まだ何かあるんだ。この人の過去には、おいそれとは口にできない何かが……)

 美穂はそんなことを頭の隅で考えながら言葉を続ける。

「わたしは…わたしは軽蔑したり、罵ったりなんかしません」

「あんな酷い目に遭っても…ですか?」

 思わず、といった感じで橡葉が訊いてくる。

「わたしも最初は…酷い人だと思いました。恨みもしました。でも……」

 美穂はそこで一旦言葉を切ると、静かに目を伏せた。脳裏に橡葉との出来事が、まるで

走馬灯のように駆け巡る。

 図書室で裸になったこと……倉庫での体を拘束されながらの愛撫……パソコンルームで

の危険なプレイ……そして夜の街を命令されるがままにさ迷ったこと……

 今思い出すと、それらの行為から受けたであろう苦痛は不思議なほど心には残っていな

かった。逆に、行為の合間にふっと顔を覗かせる橡葉の優しさが鮮明に蘇ってくる。

 美穂は確信を胸に視線を上げた。

「わたし、ちゃんと感じてた。あなたの冷酷で卑劣な行為の奥に、優しさや愛情が潜んで

いることを」

「美穂……」

 橡葉は美穂の顔をじっと見つめたまま言葉を失ってしまった。

 沈黙が再び部屋の中を支配する。ただ先ほどと違うのは、その沈黙が、重苦しさではな

く不思議な心地良さを伴なっていることだった。

 優紀は良介の脇腹を肘で小突いた。

「な、なんだよ」

 良介は訝しげに優紀を見る。

「もう、鈍いわね」

「鈍いって何が?」

 優紀はやれやれといった表情でひとつ溜息を吐くと、まったく何も気付いていない良介

の腕を強引に取り、

「じゃあ、わたし達はこれで……」

 親密な気配が漂い始めている美穂と橡葉に向かってぺこりと頭を下げた。

「えっ? いや、あの、別にそんな……」

 優紀の気遣いに美穂は急に恥ずかしくなり、頬をうっすらと染めた。優紀はそんな美穂

を見て楽しそうに笑い声を上げると、まだ状況を把握できていない様子の良介を引きずる

ようにしてドアの方へと向かった。そしてドアを開けて廊下に良介を押し出しながら、

「それじゃあ、ごゆっくり」

 意味深な微笑を残してドアを閉めた。優紀の背後で今さらながらに「ああ、そういうこ

とか」と納得している良介の声が聞こえる。

 優紀と良介がいなくなると、美穂はゆっくりと橡葉の方へ向き直った。橡葉は戸惑いと

照れくささとが微妙に入り混じった複雑な表情をしている。

 しばしの沈黙の後、美穂は口を開いた。

「わたし……あなたのせいですごくエッチな女になってしまいました」

 美穂の言葉に橡葉の顔が僅かに歪んだ。

「生徒と肉体関係を持つようなふしだらな女になってしまいました」

 橡葉の表情が、今度ははっきりと分かるほど苦痛に歪む。きっと自分の犯してしまった

過ちに大きな責任を感じているのだろう。だが、美穂には橡葉を責める気持ちは微塵もな

かった。

「責任……取ってネ」

 美穂は意識して可愛らしい口調で言うと、橡葉に向けてにっこりと笑顔を作った。

「それは……」

 橡葉は何と答えていいか分からず困り果てたような顔をしている。そんな橡葉の態度が、

美穂の目にはとても好ましく映った。

「責任取ってくれないと……泣くから」

 ほんの少しすねたような口調……自分にもこんな声が出せるんだなと、美穂は自分のこ

とながら妙に感心していた。

 わずかな沈黙の後、

「僕でいいんですか?」

 橡葉が躊躇いがちに言葉を返してきた。美穂がこっくりと頷くと、

「もっと酷いことをされるかもしれないですよ」

 橡葉は念を押すようにそう言った。

「それがあなたの愛しかたなら…わたしは構いません」

 美穂はきっぱりとした口調で答える。

 覚悟はできていた。どんな酷いことをされようとも、そこに橡葉の愛情を感じることが

できればきっとついて行けるだろう。いや、もしかしたらごく普通の愛されかたでは満足

できない体になっているかもしれない。

「ありがとう」

 橡葉は小さな、囁くような声でそう言った。そして窓から離れ美穂の側へと歩み寄ると、

右手をそっと美穂の頬に当てた。

 美穂は体の中に橡葉の暖かい感触が広がっていくのを感じながら、橡葉の手に自分の手

を重ね合わせた。それはあの濁流の中で意識を失う直前に感じたのとまったく同じ感覚だ

った。

 穏やかな気分に憩っていた美穂は、ふとあることに思い至り、くすくすと忍び笑いを漏

らした。

「な、なんですか?」

 橡葉が訝しげな表情で訊いてくる。

「あ、ごめんなさい、ちょっと思い出したの」

「何を?」

「ねぇ、わたし、あなたにいろいろエッチなことされたけど……」

 美穂はそこで一旦言葉を区切ると悪戯っぽい微笑を浮かべながら、

「…不思議なことに、まだ一度もキスしてもらってないわ」

「そ、そうだったかな?」

 橡葉は少し考え込むような表情で言った。美穂はそんな橡葉の様子を見て、今度は声を

立てて笑った。橡葉も美穂の笑い声に引き込まれるように笑い出す。

 ひとしきり笑い合うと、橡葉はベッドに半分腰を掛け、美穂の体をそっと抱き寄せてき

た。美穂は妙にくすぐったい気分に包まれながら橡葉に体重を預け、静かに目を閉じた。

 唇が重なりあう。

 それはまるで、いたわるような優しいキスだった。

 美穂は唇から流れ込んでくる橡葉のぬくもりを感じながら、穏やかな幸福感に身を委ね

ていった。

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