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女教師美穂 ~淫虐の罠~

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エピローグ

陵叡中学校へと続く坂道を那村美穂はゆっくりと上っていた。

 梅雨が明け、夏がもう間近に迫っていることもあり、ブルーの半袖シャツとカーキ色の

膝上丈のスカートという軽装でも、もう肌寒さは感じない。

 降り注ぐ初夏の陽の光が今日も暑い日になることを物語っていた。吹き抜ける爽やかな

朝の風が、坂道の両側からせり出す木々の梢をざわざわと揺らしている。

 朝早いこともあって、学校へと向かう生徒の姿はまばらだった。

「那村せんせーい! おはようございまーす」

 背後から聞き慣れた元気な声が鳴り響き、美穂は微笑みとともに振り返った。

「おはよう、委員長」

 はあはあと息を切らしながら自転車を漕いで来た優紀は、美穂の所まで来ると自転車を

降り、

「もう! この坂、やんなっちゃう! こんな所に学校を造った理事長を恨むわ」

 毎度お馴染みの愚痴を吐いた。

 美穂は苦笑しながら、これも毎度お馴染みのセリフを口にする。

「トレーニングになってちょうどいいじゃない」

「ああ…またそれだぁ」

 優紀はそう言うと、やれやれといった風に肩を竦める。そしてふたりは顔を見合わせる

と声を上げて笑った。

 美穂はふと不思議な感慨にとらわれた。つい十日ほど前には、こうして優紀と笑顔を交

わし合えるようになるとは思ってもいなかった。冷たく暗い絶望感に苛まれていたあの日

が、まるで悪い夢であったかのようにさえ思える。

「ねぇ、先生」

 優紀が体を寄せるようにして話し掛けてきた。

「何?」

「橡葉先生とはその後どうですか?」

 訊ねてくる優紀の目は好奇心に輝いていた。

「どうって……」

 美穂は一瞬口ごもると、

「いい付き合いをさせていただいてるわ」

「何よそれ~。アイドルの熱愛発覚会見じゃないんだから」

 優紀は不満顔で声を上げた。

「そういうことはあまり人に言うものじゃないの」

 美穂は優紀をたしなめるように言った。優紀はちょっとつまらなそうな顔をしたが、す

ぐに悪戯っぽい表情を浮かべると、自転車をガードレールに立て掛けた。

 何をするのだろう…と見ていると、両手が自由になった優紀は素早い身のこなしで美穂

に襲い掛かってきた。そして、訳が分からず狼狽える美穂の背後に回ると、

「こら、白状しろぉ!」

 意地の悪い声色を作りながら美穂の胸の膨らみを掴み上げた。

「あっ、こらぁ!」

 美穂は優紀の手を押さえながら声を上げる。

「?!」

 優紀は両手に伝わる感触に違和感を覚え、がさごそと美穂の胸元をまさぐった。

「あっ、ちょっと…あん、駄目よ…」

 優紀の手を引き剥がそうとする美穂の言葉を遮るように優紀が声を掛けてくる。

「ねぇ、先生、ブラ着けてる?」

「えっ、あ…それは…」

 美穂は満足に答えることができず、頬を赤く染めながら俯いた。しかし、その美穂の反

応こそが、すでに優紀の問いに対する答えになっていた。

「ねぇ、もしかして下も?」

 優紀が訊ねると、美穂はさらに顔を真っ赤にさせながらこくりと頷いた。

「何やってんのよ」

「だって、あの人が……」

 答える美穂の視線が、二十メートルほど先を歩く人影に向けられる。優紀はその後姿を

見つめながら、

「はは~ん、橡葉先生ね」

 意味ありげな口調でそう言うと、すっと美穂の体から離れた。そして、立て掛けてあっ

た自転車のハンドルを掴むと、

「ちょっと、わたしが文句言ってやる!」

「あ、でも、学校では何もしないって約束だから、学校に着いたらちゃんと……」

 美穂は言い訳をするようにそう言ったが、優紀の耳にはまるで届いていなかった。優紀

は自転車を押して駆け出すと、

「こらぁ! 橡葉行弘っ!」

 大きな声で叫んだ。驚いて何事かと振り返る橡葉の姿を見つめながら、美穂は昨夜の、

橡葉と過ごした時間を思い出し、少し体が火照るのを感じた。とは言っても、まだ一度も

きちんと抱いてもらってはいないのだが……

 体を重ねることに対するためらいが、橡葉の中にはまだ存在しているようだった。それ

が何に起因しているものなのか、今のところ美穂にはよく分からない。橡葉も決して自分

からそのことを話そうとはしない。だが……

(あせることはない)

 美穂は自分に言い聞かせる。

 いつかきっと話してくれる時が来るだろう。ふたりの関係は始まったばかりなのだ。少

しずつ、暗く凝り固まった橡葉の心を解きほぐしていければそれでいい。

 優紀は橡葉に追いつくと、橡葉の「教師をフルネームで呼び捨てにするんじゃない」と

いう言葉を無視して、

「わたしの美穂ちゃんになんてことするんだぁ!」

 などと訳の分からないことをわめいていた。美穂はその様子を眺めながら、ちょっとし

た幸福感に浸った。

(良かった、本当に……)

 心の中で静かに呟く。

 不思議なものだ。すべての事が悪い方へ悪い方へと転がり落ちるように進んでしまうこ

ともあれば、今のようにすべてが信じられないくらいに良い方向へと向かうこともある。

要するにどんな最悪な状況でも希望を捨ててはいけないということなのだろう。そうすれ

ばきっと光は見えてくる……

「先生、おはようございます」

 不意にすぐ後ろから声を掛けられ、美穂は少し驚いて振り返った。そこには自転車を押

して坂を上って来る良介の姿があった。

「あら、都隈くん、おはよう」

 美穂は足を止め、並びかけてくる良介に挨拶を返す。

「先生、体はもう平気なんですか?」

「ええ、もうすっかり…」

 答える美穂の声に重なるように、

「この変態教師! 美穂ちゃんをいじめるなぁ!」

 威勢のいい優紀の声が響いてくる。良介は少し呆れたような顔で優紀の方を見つめると、

「やれやれ、委員長…他の人に聞かれたらどうするつもりなんだ」

 溜息とともに言葉を吐き出した。

「どうにかなるんじゃない?」

 美穂は気楽な調子で答えた。それは以前の美穂だったら決して口にできなかった類の言

葉だった。あの悪夢のような日々を乗り越え、美穂自身、自分が少し成長したのかもしれ

ないと思う。良く言えば「逞しく」、逆に悪く言えば「図太く」なった気がする。

 良介もそんな美穂の変化を敏感に感じ取ったようで、

「先生、ちょっと変わったね」

 少し驚いたような口調でそう言った。

「そうね、半分は都隈くんのせいかも…」

 美穂はちょっと共犯者めいた、秘密を共有する者どうしが交し合うような意味ありげな

表情を作って笑った。

「ははは…」

 良介も笑顔を返しながら、心の隅で一抹の寂寥感を感じずにはいられなかった。

 美穂がもう手の届かない所へ行ってしまったことを微かな胸の痛みとともに実感する。

美穂にとって自分とのことはもう過去の思い出になってしまっているのだ。

 だが、それでいいと思う。この美しく可憐な女教師への想いはそっと自分の胸の内にし

まっておこう。

「さて、いい加減、委員長を止めないと」

 良介は湧き上がってくるある種の思いを断ち切るようにそう言うと、言い争う橡葉と優

紀のもとへ自転車を押して走り出して行った。

 美穂はその後姿を見送りながら、

(ありがとう、都隈くん)

 心の奥でそう呟いた。

 良介は優紀に追いつくと片手をその肩に置き、なだめるように何事か話し掛けた。優紀

はというと、良介の手を振り解いてその自転車に蹴りを入れた。良介の自転車が盛大な音

を立ててひっくり返る。

「なにするんだよぉ」

「あんた、良介のくせに生意気なのよ」

「なんだいそりゃ…」

 良介と優紀の聞き慣れたいつものやり取りが、風に乗って美穂の耳に届く。橡葉が苦笑

しながら優紀の頭にコツンと軽く拳を落とすのが見える。優紀が舌を出して笑い、良介も

自転車を引き起こしながら笑っている。

 美穂は三人の笑顔に引き込まれるように微笑を浮かべた。

 ありふれた日常の風景……こんな生活がずっと続いたらいいな……美穂は心の底からそ

う思った。

「せんせーい、早くぅ!」

 美穂の方を振り返った優紀が、大声を上げながら美穂を手招きする。

 美穂はひとつ大きく息を吐くと、

「今いくわ!」

 優紀に負けないほど大きな声で答えながら坂道を駆け出して行った。

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