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女子高生エージェント葉月、享楽の密室

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15.

「じゃあ、葉月、また明日ね」

「あ、うん、バイバイ」

 放課後、葉月はクラスメイト達と別れると、屋上へ向かう階段を上り始めた。葉月とは

逆に、クラスメイト達は賑やかにおしゃべりをしながら階段を下りていく。

 踊り場まで上ったところで、

「あっ……んっ……」

 突然、何の前触れもなく襲ってきた甘美な衝撃に、葉月は思わず制服のミニスカートの

上から股間を押さえた。あの日以来、葉月を悩ませている身体の異変だった。

 甲山との一件から早くも一週間が経とうとしている。にも関らず、葉月の身体にはあの

日の快楽の余韻が未だに残っていた。そして、何かの拍子にその感触が蘇り、股間に甘い

疼きが走るということがずっと続いている。

 あの日――

 気がつくと、葉月は診察台のベッドに身体を横たえていた。どうやらセックスの最中に

意識を失い、そのまま眠り込んでしまったようだった。

 身体には薄いピンク色の毛布が掛けられていた。多分、甲山が掛けてくれたのだろう。

 すっかり力が抜けきってしまった身体をどうにか引き起こし、腕時計を確認すると、時

間は午後八時を少し回ったところだった。

 甲山はすでに姿を消していて、診察室はしんと静まり返っていた。天井の明かりは眠っ

てしまった葉月を気遣ってか、かなり暗めに絞られている。部屋を見まわしてみると、壁

の一角に葉月の着ていた制服が、ハンガーに掛けられて吊るされていた。

「わたし……なんて馬鹿なことしちゃったんだろ……」

 激しい後悔と自己嫌悪――快感に負けて秘密を全部喋ってしまうなど、内偵エージェン

ト失格と言われても仕方ない。

 葉月は敗北感と屈辱感に打ちひしがれながら、それでも一応はサイドテーブルの上に置

かれたバッグの中を確認した。

「やっぱり無い……当たり前だよね」

 ポツリと呟く。半ば予想していたことだったが、レコーダーはマイクを仕込んだ熊のぬ

いぐるみごと、きれいさっぱり持ち去られていた。

 バッグをサイドテーブルに戻そうとして……葉月はそこに一枚の紙切れが置いてあるこ

とに気付いた。手に取ってみると、それは甲山からのメッセージだった。

『葉月、楽しませてもらったよ、ありがとう。

 内偵調査の手が迫ってきたので、俺はしばらく身を隠すことにする。悪く思わないでく

れ。会社には、俺がすでに逃亡した後で、接触できなかったと報告すればいい。葉月の名

誉のためにも、今日のことは誰にも言わない方がいいだろう』

 メッセージはそこで一旦途切れ、数行空白が続いていた後、こんな言葉で締めくくられ

ていた。

『それから、俺が言うのも何だが、エージェントなんて危険な仕事はすぐに辞めた方がい

い。診察した限り、エージェントという仕事は葉月には向いていない。君はごく普通の生

活をして、ごく普通の幸せを手に入れるべき人だ』



 それ以来、甲山は姿を消してしまった。甲山の事務所のドアには『都合によりしばらく

の間休業します』というプレートが掛けられたままだ。

 葉月はメッセージ通り、甲山とは接触できなかった――と上司の竹原に報告した。本当

のことなど言えるわけがなかった。これが会社の信用に関わる大問題に発展するような事

件なら別だが、葉月が黙ってさえいれば事が公になることはない。

 竹原は、葉月の報告を聞いても特に怪しんだ様子もなく、「そうか、ご苦労だった」と

葉月をねぎらっただけだった。

 どういう訳かそれ以降、甲山に関する調査はあっさりと打ち切られてしまった。葉月の

知る限り、他の部門が動いているという形跡もない。

 そこで思い当たったのだが……今回の依頼のクライアントは、陽子が想像していた通り、

陽子の父親だったのかもしれない。これがもし、警察からの依頼ならば、こんな中途半端

な形で調査が打ち切られることはまずない。

 とりあえず、娘から甲山を遠ざけることができたことで良しとしよう――と、陽子の父

親が考えたとしても不思議ではなかった。内偵調査には個人が負担するには大き過ぎる金

額がかかるし、さらに継続調査となれば費用は雪だるま式に増えていくことになる。

 陽子の父親は、峰陽リサーチと親密な関係にある某家電メーカーの重役で、金に余裕が

あるとは言っても、決して億万長者ではない。会社どうしの付き合いの中で内密に調査を

依頼したものの、費用的な面がネックとなり、継続調査を断念した――いかにもありそう

なストーリーだ。



 屋上に出ると、空には気持ちの良い青空が広がっていた。葉月は周囲を見まわして、自

分を呼び出した相手を探した。

 放課後の屋上は昼休みとは違って閑散としている……というか誰もいなかった。葉月を

呼び出した人物――宇条陽子を除いては……

 陽子は葉月の姿を確認すると、座っていたベンチからゆっくりと腰を上げた。

「陽子、どうしたの? わざわざこんなところへ呼び出して。教室じゃできない話?」

 葉月は陽子のもとへと歩み寄りながら声を掛けた。本当のことを言えば、何の話なのか

葉月には想像がついていた。陽子と葉月の接点と言えば、『甲山』しかありえない。

「甲山先生が……いなくなったの」

 陽子は少し思いつめた表情でポツリと言った。

「そう……」

「あの日からよ。わたしが葉月を先生に紹介したあの日……ねぇ、葉月、何か知ってるん

でしょ?」

「悪いけど……」

 葉月は意識して残念そうな表情を作ると、

「わたしが行った時には、もう誰もいなかったわ」

 竹原への報告と同じセリフを口にした。

「ホントに?」

 陽子は探るような目つきで葉月の顔を覗き込んでくる。

「嘘言ってもしょうがないでしょ。わたしも会えなくてがっかりしたんだから……」

 葉月の言葉に、陽子の表情が奇妙に歪んだ。それは、嘲笑と憎悪とが混じり合った、お

よそ普段の陽子からは想像できないような凶悪な表情だった。葉月の胸に一瞬、不吉な予

感が走る。

「バカな葉月……」

 陽子は、憐れむような口調でそう言うと、手に持っていたバッグから何かを取り出して

葉月の目の前に突き出した。

「!?」

 葉月はそれを見てハッと息を呑んだ。陽子が手にしているのが、甲山の診察室で奪われ

たレコーダーだったからだ。

(どうして陽子が……こんなモノを)

 葉月は愕然と陽子の顔を見つめた。

「訳が分からないって顔してるわね。いいわ、説明してあげる」

 陽子は一転、楽しそうな笑い声を上げると、呆然と立ち尽くす葉月の周囲をゆっくりと

まわりながら話し始めた。

「あの日ね、授業が終わった後、わたしも行ったの、甲山先生の所へ……先生、ヘンに無

用心なところがあるから心配になって……で、こっそり事務所に忍び込んだんだけど、奥

の部屋を覗いて驚いたわ」

 陽子はそこで一旦話を区切って足を止めた。ちょうど葉月のまわりを一周して元の位置

に戻ったところだった。

「葉月が甲山先生とあんなことしてるなんて」

 陽子の言葉に何も反論できず、葉月は俯いて自分の足許を見つめた。陽子は再び歩き始

める。

「葉月って、普段とは違って、随分とカワイイ声で鳴くのね、イクイク~……だなんて」

「や、止めて」

 葉月は思わず耳を塞ぎたくなった。あの時、開け放たれた診察室のドアの向こうで、陽

子に自分の痴態を見られていたのだ。考えただけで顔が火を噴きそうになる。

「まあ、それはともかく……目にした光景があまりにもショックで……わたし、一旦、先

生の事務所を出て家に帰ったの。でも、やっぱり気になって……もう一度戻ってみたんだ」

 陽子は、葉月のまわりをゆっくりと周回しながら喋り続けた。

「七時頃だったわ。もう先生はいなくなっていて、奥の部屋のドアも閉まってて……で、

中を覗いたらベッドで葉月が寝ていて……悪いとは思ったけど、テーブルの上のメモ、読

ませてもらったわ。葉月、内偵エージェントなんてしてたのね。わたし今まで、そんな職

業があることさえ知らなかっ……」

「陽子、そのことは誰かに……」

 思わず葉月は陽子の話を遮った。

「安心して、まだ誰にも言ってないわ」

 陽子はひどく冷淡な声で答えた。言葉とは裏腹に、その口調には残念そうな響きが滲ん

でいる。

「そう……」

 僅かに安堵の表情を浮かべる葉月を尻目に、

「さっきも言ったけど……甲山先生って、なんか無用心なところがあるのよね。だから、

メモを読んで『もしや』と思って、葉月の鞄の中を調べてみたら……案の定、これがあっ

たってわけ」

 陽子はそう言うと、葉月の正面にまわり込んでレコーダーをかざして見せた。

「それで?」

 葉月はポツリと呟いた。陽子が何をしたいのか訊いたつもりだった。が、陽子は葉月の

言葉をまったく違う意味に取ったようで、

「家で再生してみたんだけど……驚いたわ。ねぇ、エージェントってのは、やっぱり特別

に身体とか鍛えてるの?」

 逆にそう訊き返してきた。葉月は陽子の意図がつかめず、

「なんでそんなこと……」

 戸惑い気味に言葉を濁した。

「だって、葉月、三時間近くも喘ぎっぱなしなんだもん。タフだなぁって思って」

「うっ……」

 葉月は言葉に詰まって俯いた。恥ずかしさのあまり逃げ出したい気分だった。そんな葉

月を揶揄するように陽子は続ける。

「ねぇ、ずっとぶっ続けでヤリまくってたんでしょ? わたし数えてみたんだけど、葉月

さぁ、十一回もイッてたよ。信じられないよねぇ」

 陽子の言葉のひとつひとつが刃となって、葉月の羞恥心を鋭く抉っていく。葉月は両手

の拳をギュッと握り締め、それに耐えるしかなかった。

「ねぇ、どうだった? 先生とのエッチは?」

「そんなこと……」

「良かったんでしょ? 凄く……あんな嬉しそうに声を上げてたんだから」

 陽子は嘲笑を浮かべながらそう言うと、一転、憎悪に満ちた表情で、

「わたしだって一度もしてもらったことないのに……」

「え?」

 葉月は虚を突かれたように陽子を見返した。先入観念とでも言おうか、葉月はすっかり、

陽子も甲山の毒牙にかかっているものだと思い込んでいたのだ。

「葉月……どこで何を聞いたか知らないけど、甲山先生は一度だって客に手を出したこと

なんかないわ。先生の所に来る他の女の人達にも聞いてみたことがあるから間違いない」

「ちょっと待って、それは……」

 言いかけける葉月を制して陽子は話を続けた。

「そう、確かに先生はわたしに素晴らしい快感を与えてくれたわ。でも……それだけ。い

くらわたしがお願いしても駄目だった。セックスはおろか服を脱がされたことすらなかっ

た……」

 葉月は陽子の話を聞いて、制服姿のまま快楽の泥沼に引きずり込まれたあの日の自分自

身の姿を思い浮べた。

(そうか……普通はあそこで終わるのか……)

 心の中で呟く葉月に、

「ねぇ、どうして? どうしてわたしじゃなくて葉月なの? 教えてよ!」

 陽子は理不尽とも言える疑問をぶつけてきた。だが、葉月にはそれに答えることなどで

きるはずもない。むしろ葉月自身が知りたかった。なぜ自分だけが抱かれたのか……

 答は……多分、甲山しか知らない。だから葉月は正直に「分からない」とだけ告げた。

 陽子はそれでも納得できない様子で葉月を睨みつけていたが、突然、くるりと葉月に背

を向けた。おそらく、昂ぶった気持ちを落ち着かせようとしているのだろう。

 次に陽子が葉月の方へ向き直った時、その顔には再び冷酷な嘲笑が浮かんでいた。

「葉月って、峰陽リサーチの内偵エージェントなんだよね?」

「そ、それは……」

 葉月は不安げに陽子を見つめた。もし、そのことが他に知られてしまったら、葉月にと

っては身の破滅だ。

「わたし、葉月にお願いがあるんだ」

 不気味なほど優しげな猫なで声……それがかえって葉月の不安を煽り立てた。

「陽子、わたしを脅迫する気?」

 言い返す言葉にも、いつもの強気で溌剌とした雰囲気が欠けている。

「ふふふ、脅迫なんて……これは取引よ」

 陽子は、普段は決して見せたことのない不敵な笑みを浮かべた。葉月は胸の内に湧き上

がる妙な胸騒ぎに苛まれながら口を開いた。

「わたしが嫌だと言ったら?」

「そうね、その時は……これを校内放送で流してみようかな」

 陽子はそう言いながら、レコーダーの再生ボタンを押した。その途端、

『ああっ……イイ……凄くイイ!』

『あんっ! 嫌ぁ、抜いちゃダメぇっ!』

 レコーダーからは次々に、自分のものとは思えないような甘えきった媚声が聞こえてき

た。

「嫌ぁっ! 止めて!」

 葉月は一瞬にしてパニックに陥り、悲鳴を上げながら陽子に掴みかかった。だが、陽子

はまるで慌てた様子もなく、二三歩後ろへ後退すると、レコーダーを葉月へと放り投げて

よこした。

「えっ!?」

 緩い弧を描いて宙を舞ったレコーダーは、難なく葉月の手の中に収まった。

 脅迫のネタを簡単に放棄してしまう、という陽子の予想外の行動に意表を突かれた葉月

だったが、

『……チ〇ポ抜かないで。もっとわたしを……滅茶苦茶にイカせて』

 レコーダーがまだ再生状態なのに気付き、慌てて停止ボタンを押した。陽子は、葉月の

狼狽ぶりを面白そうに眺めながら、

「イヤぁ……抜いちゃだめ~……だって。葉月ってば、ホントかわいい声出すのね」

 録音されていた葉月のセリフを真似て言った。葉月は恥ずかしさと屈辱感に顔を真っ赤

に染めながらも、正面から陽子の顔を見つめた。

「どういうこと?」

「それ、もういらないから返すわ。でも、誤解しないでね。もう、音声データのコピーは

取ってあるから……」

 一瞬、陽子が許してくれるのかと期待した葉月だったが、やはりそう甘くはなかったら

しい。内心の動揺を静めながら、

「それで……わたしにどうしろと?」

「葉月にとっても悪くない話だと思うんだけど……」

 陽子はそんな風に前置きすると、

「甲山先生を……あの人を探してほしいの。峰陽リサーチのエージェントなら、そんな調

査くらいワケないよね」

 真剣な表情でそう言った。

「それは……」

 特に無謀な要求というわけではなかった。ただ、会社の調査はすでに打ち切られている。

会社にバレない範囲で個人的に動くしかないのが実状だ。調査は困難を極めるに違いない。

「やってはみるけど……うまくいくかどうか、保証はできないわ」

 葉月は正直に答えた。

「まあ、いいわ。うまくいかなかった時には、さっきの……葉月のかわいらしい歌声が校

内放送で流れるだけだから……イヤぁ……抜いちゃだめ~……ってね」

 陽子は再び葉月のあのセリフを真似て言った。どうやらそのフレーズが痛く気に入って

しまったようだ。

「そ、そんな……」

 思わず絶句する葉月のもとへ陽子が歩み寄ってくる。

「期限は……おまけして半年。それを過ぎたらすぐにアレを公表するから」

「ちょっと待って! 無理よそんな……」

 本気で身を隠した人間を、個人の力で探し出すことの難しさを葉月はよく知っていた。

半年の期間で、周囲に怪しまれないよう学生生活を続けながら、さらに内偵エージェント

としての仕事をこなしつつ……果たしてどこまで調査ができるのだろうか……

 葉月の苦悩ををよそに、陽子はくるりと身を翻すと、

「報告、楽しみにしてるから」

 それだけ言うと、一度も振り返ることなく屋上から去って行ってしまった。残された葉

月は、呆然とその後姿を見送ることしかできなかった。



 一陣の風が、葉月の後ろで束ねた髪をなびかせて通り過ぎていった。

 悩んでいても仕方がない。

 やるだけのことはやってみよう。

 陽子に言われなくても、自分ひとりの力で甲山を探すつもりだったではないか。

 葉月の中にゆっくりと前向きな意志が芽生え始めた。

 困難な仕事は望むところ……自分はそういう人間だったはずだ。

「大丈夫、わたしならできるはず」

 葉月は自分に言い聞かせるように、声に出してそう言ってみた。調子のいい話だが、な

んとなく自分にならできるという自信が湧いてくる。何の根拠もないが……

 葉月の瞳に、いつもの強気な光が蘇ってくる。

 とりあえず、甲山のことをもっとよく調べてみよう。

 どこで生まれ、どんな風に育ったのか……

 どんなことを学び、どんな遊びをしていたのか……

 両親は? 兄弟はいるのだろうか? 仲のいい友人は? あるいは恋人は……

 とにかく甲山についてもっと深く知りたいと思った。甲山が、本当はどんな人間なのか

理解したいと思った。

 まずはそこからだ――

 葉月は密やかな決意を胸に、階段へと繋がるドアに向かって駆け出した。

 

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