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女子高生エージェント葉月、享楽の密室

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1.

 都内某所にある峰陽(ほうよう)リサーチ本社――その三十階建ての巨大なビルの一室

に静宮葉月(しずみやはづき)はいた。目の前にはハゲ頭のオヤジ……ではなく、上司の

竹原が座っている。まあ、ハゲていることに何ら変わりはないが……

 峰陽リサーチは国内で一、二を争う有数の民間調査機関で、市場調査や企業調査から浮

気調査、果ては行方不明のペットの捜索まで、ありとあらゆる調査を請け負っている。葉

月が所属しているのは第二十三調査室――かなりヤバめの調査を行う部署だ。依頼はほと

んどが警察からで、いわゆる内偵調査を専門に扱っている。

 警察の捜査能力低下は近年著しく、内偵調査のような特殊な捜査については峰陽リサー

チなどの民間の専門機関に頼らざるを得ないのが現状である。

 もっとも、峰陽リサーチの中には表向き、第二十三調査室という部署は存在していない。

内偵調査を行うエージェント達の安全を守るため、すべてを極秘にしておく必要がある

からだ。

 そんなわけで第二十三調査室室長のハゲハラ……いや、違った……竹原は、表向き資料

管理部の窓際課長という扱いになっている。今、葉月と竹原がいる部屋も、分厚い壁に囲

まれた資料室の一角である。

 各エージェントはこの資料室で極秘に指令を受け、それぞれ内偵調査に赴く。そのため、

同じ第二十三調査室に所属していても、エージェントどうし顔どころか名前すら知らない

場合が多い。

 葉月にしても、顔見知りのエージェントなどほんの二、三人である。いずれも一年前の

大規模な内偵調査の際に知り合ったエージェント達だ。複数のエージェントが絡むような

大きな調査の時以外、他のエージェントと知り合う機会はまったくないと言っていい。

 さて、面倒な状況説明はこれくらいにして――



「静宮君、君にひとつやってもらいたい調査がある」

 竹原はそう言うと、机を挟んで反対側に立っている制服姿の葉月を見上げた。

 白い半袖シャツに臙脂と黒のチェックのプリーツスカート、膝下までの紺のハイソック

ス、胸元にはスカートと同色の臙脂色のネクタイ――お嬢様学校で知られる莢川(さやか

わ)学園の制服である。

 別にコスプレをしているわけではない。葉月は莢川学園に通う現役高校生なのだ。そし
                     ・・・
て、峰陽リサーチきっての優秀な内偵調査員(本人談)でもある。現役女子高生がなぜ峰

陽リサーチの、しかも内偵エージェントなどという物騒な仕事をしているのか――につい

ての説明は、また別の機会に譲るとして……

 葉月はかなりの美少女だった。セミロングのを後ろで束ね、鋭利な刃物を思わせる眉

目が見る者に強い印象を与える。きりりとした目許に対し、やや厚めの肉感的な唇が少し

アンバランスではある。が、それがかえって思春期の少女特有の危うさを醸し出していて

大きな魅力にもなっている。

「それは……内偵調査?」

 葉月は訊き返した。内偵エージェントといっても、年がら年中どこかに潜入して内偵調

査を行っているわけではない。普段は別の調査室で働いている者や、主婦をしている者、

仕事もせずに遊び歩いている者だっている。つまり、内偵調査の時以外はまったく拘束さ

れることがないのだ。

 常に身の危険が伴う上に、一回の調査に数年かかる場合もある――という特殊な仕事な

らではのシステムである。

 葉月の場合、時々この資料室に来ては、内偵調査以外のこまごまとした調査や資料整理

などをしていたから、おそらく他の部署の社員は、葉月のことを資料管理部が雇っている

アルバイトとしか認識していないだろう。

「内偵調査ではあるが……組織などへ潜入する必要はない」

「え? どういうこと?」

 葉月は一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた。

「最初から説明しよう。君にはこの男についての調査をしてもらう」

 竹原はそう言うと一枚の写真をデスクの上に放り投げた。葉月はその写真を拾い上げな

がら、

「誰ですか? このうだつの上がらないサラリーマン風の男は」

「名前は甲山慎一。自称霊能力者だ」

「コウヤマ……シンイチ……なんか聞いたことあるような……」

 葉月は顎に手を当てながら天井を見上げた。

「霊能力による病気治療やマッサージみたいなことをしているらしい。ただ、霊能力なん

てものは公式に認められていないから、表向きは『占い師』ってことになっている」

 竹原は手許の資料をめくりながら言った。

「ああ、うちの学校で『よく当たる占い師』って、噂になっている人かもしれない」

 葉月は納得した様子で頷く。

「まあ、一部ではかなり有名らしいな。金持ちの奥さん連中を相手に相当稼いでいるって

話だ」

「で、そのコウヤマなんたらって、違法性があるわけ?」

「いや、胡散臭いのは確かだが、違法と言いきるだけの材料はない」

 竹原は資料を閉じるとふっと息を吐いた。

「ふーん、で、わたしに潜入調査しろと?」

 葉月は興味なさそうに写真をデスクに戻しながら言った。乗り気でないのが一目で分か

るような態度である。

「そういうことだ。君には客として甲山と接触してもらう」

 重々しく頷く竹原――だが、悲しいことに全然威厳が感じられない。やはりただのハゲ

親父である。そんなわけで葉月の口調もついついタメ口になりがちだ。

「でもさぁ……金持ちの奥さんが客の中心なわけでしょ? もっと他に適任のエージェン

トがいるんじゃないの?」

「まあ、話は最後まで聞け」

 竹原は葉月をなだめるようにそう言うと、

「甲山については、別にもうひとつ噂がある。客の中には未成年者も何人か含まれている

んだが……甲山は治療と称してその未成年の少女達に手を出しているらしい」

「うっ、なんかありがちな話……」

 葉月は思わず顔をしかめる。

「ただし確証は得られていない。当の少女本人は占ってもらっているだけ、と言い張って

いるそうだ。脅迫されているのか、あるいは……言いたくはないが、洗脳されてしまって

いるのか……」

「ははぁ、なるほど。噂の真偽を確認するために未成年のエージェントを送り込もうって

わけね」

 一応納得した様子の葉月を見上げながら、竹原は一言付け加えた。

「ただ、潜入しても相手がその気になってくれないことには……な」

「それで容姿端麗なこのわたしが選ばれたってことね」

 葉月は得意そうに顔を上げると、わざとらしくポーズを作ってみせた。

 さすがは室長を任されているだけあり、エージェントの自尊心をくすぐってその気にさ

せる手腕は見事だ。やはりただのハゲ親父ではない。

「さて、調査の方法だが……」

 竹原は資料をめくりながら説明を始める。

「新規の客は常連客の紹介が必要になる。甲山は、それ以外では絶対に客には会わないそ

うだ」

「ふーん、なかなか用心深い性格のようね」

 葉月は再び甲山の写真を取り上げながら言った。

「そこでだ、静宮君には潜入の前段階として常連客のひとりに会ってもらう」

「甲山に紹介してもらうためってわけね」

「そういうことだ。一応何人かピックアップしてあるが……この子が一番いいだろう。宇

条陽子……」

「宇条陽子?!」

 葉月は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「知り合いか?」

 竹原は冷静な口調で尋ねる。まるで葉月が驚くのを前もって予想していたかのようだ。

葉月は驚きの表情を顔に貼りつけたまま答える。

「知り合いも何も……宇条陽子は、わたしのクラスメイトよ」


                                      つづく

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